『恥ずかしくないの?』――中学校卓球部の思い出

『恥ずかしくないの?』――中学校卓球部の思い出

こんばんは、オオヌキです。

 

高校時代の初恋や、はじめて「オトナのお店」に行ったときのことなど(興味のある方はページ下部の関連記事をチェック!)を赤裸々に綴ってきましたが、今日は中学時代の青春ドラマをお届けしましょう。

 

おじさんの思い出話なんてだれも興味ないって?

 

わかってますよ!思い出話シリーズ極端にアクセス少ないから!でも書きたいからいいの!!

 

ただ今回は、(数少ない)かっこいい思い出なので、ちょっと鼻につくかもしれません。どうかひろーい心でご覧ください。

 

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悪名高き卓球部

中学校で選択した部活は卓球部でした。理由は、なんとなく楽(らく)そうだから。

というのも、当時における母校の卓球部は荒れ放題でした。練習場所は教室です。なので卓球台もせいぜい2台置ける程度。狭いから動き回ることもできません。

テレビで卓球を見たことがある方はわかると思いますが、見た目以上に卓球は動くスポーツです。台にぴったり密着してできるものじゃありません。こんな狭いところじゃ、ぽーんぽーんとボールを行き来させる温泉卓球が精々です。

そう、学校もまるで卓球部には期待していませんでした部活の内容も適当に卓球で遊んで、適当に喋って終わり。わたし含めて20人ぐらいいましたが、ちゃんと部活にきてたのは半分もいなかったと思います。その部活にきてる半分も遊んで終わり。顧問がくることなんてほとんどありません。

卓球部に入部したわたしも、当初はそんな自堕落な部活ライフでした。本当は高いラケットを買ったほうがいいのですが、確か1,000円ぐらいのオモチャのラケットではじめたと思います。プロ仕様のラケットと、オモチャラケットでは性能が天と地。つまり、それだけやる気がなかったんです。

卓球部の部室の隣が音楽室で、いつも吹奏楽部が練習をしていました。卓球部と違い、吹奏楽部はとてもマジメで、顧問も熱血指導の人でした。その熱血指導の先生ですら、さぼりまくってる卓球部には注意しない。それだけ卓球部はどうしようもない存在でした。

 

しかし、入部して1か月くらい経ったときでしょうか。卓球部に、いや、わたしに転機が訪れます。

卓球部と吹奏楽部のある階は、視聴覚室や理科室など普段は使わない場所なので、放課後になるとその2つの部員しかいなくなります。

その日、廊下の一番隅で、友だちと集まってくだらない話をしていたときのこと。

この廊下の戸締りは吹奏楽部がおこなっていました。同じクラスの女子で、吹奏楽部のTさんが窓のカギをひとつひとつ確認しながら近づいてきて、

「さぼってばっかりで恥ずかしくないの?」

と、わたしたちにきつく言い放ったのです。

 

練習、練習、勝利

Tさんを好きだったのかはわかりません。ただ、同じクラスの女子に注意されたことが恥ずかしくてしかたありませんでした。

そして、練習の日々がはじまりました。台は先輩が温泉卓球をしているので使えない。そこでわたしは、廊下の隅でもくもくと壁打ちをはじめました。壁にむかってボールを打ち、返ってきたボールを打ち返す。ひたすらその繰り返しです。

最初は友だちも付き合ってくれていたのですが、ただ壁に向かって打つだけです。最後はいつもひとり。いつしか、最初から最後までひとりで打つようになりました。まさに壁が友だち状態です。

それでもがんばれたのには理由がありました。

Tさんの存在です。

Tさんはカギ閉め担当で、部活終わりに必ず近づいてきてくれます。

「オオヌキくん、がんばってるね」

そう言ってもらえるのが本当に嬉しかった。その一言のために何時間も毎日壁打ちを続けていました。青春ですよ青春。同級生の女の子に褒めてもらいたくてひたすらがんばる。青春だなぁキモイって言うな!

 

ただ打つだけでなく、強弱をつけたり、あえて違う方向に打ってみたり、回転をつけてみたり、いろいろと試行錯誤を繰り返しました。

そしてマンガのような展開が起きます。

幽霊部活とはいえ、大会には出場しなくてはいけません。だれも勝利なんて望んでいません。適当に参加して帰ってくるだけ。

それなのに……。

その大会の1回戦で勝ってしまったのです。オモチャのラケットにも関わらず。

 

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Tさんとの関係は……

続く2回戦で敗北しましたが、1年生で勝ったのは自分ひとり。これに驚いたのは顧問の先生でした。すぐに「ラケットを買ったほうがいい」と言われ、親にねだって、自分の手に馴染む高いラケットを購入。このときの感動ったらありません。だれでも倒せそうな気になりました。

実際、壁打ちをしていても、今までとは全然違います。

でも台を使っての練習はなかなかできませんでした。言ってもまだ1年です。先輩を差し置いて台は使えません。相変わらず壁打ちの日々。Tさんの言葉を支えに、ひたすら辛抱でした。

2年に進学し、ようやく自由に使えるようになった頃には、地域の学校のなかでも、それなりに強い選手として認識されるようになっていました。下級生に卓球経験者が多く入ったのも大きかったです。その後輩と練習して、どんどん強くなる自分を実感できました。

そして最終的には、県北大会をベスト36(確か……)で突破し、県大会にまでいきました。

まあ言っても県。自慢できるほどではありませんが、あのまま遊んでいたらこの記録はなかったわけで、それは良い思い出になっています。

ただ完全に独学だったので、基本なんてあったものじゃありません。相手はやりにくかっただろうなぁと思います。「なんでそんな打ち方で(台に)入るの!?」と散々言われましたから。

でも独学はあくまで独学。しっかり基礎を学んだ人には通用しませんでしたね。

 

さて、気になるTさんとの関係はどうなったか。

なーんもなかったです。Tさんとは2年でクラスも別になり、カギ当番でもなくなったので、わたしは遠くから見ることしかできなくなりました。でも、練習中はずっと「恥ずかしくないの?」という言葉が頭から離れませんでした。

それに、いまだに中学校のことを思い出すと、Tさんのフルネームが浮かんできます。それだけ響いたんですよね、あの言葉は。直接お礼を言うことはできませんでしたが、中学時代をこうやって明るく思いだせるのはTさんのおかげです。

届くわけないですが、この場でお礼を。

 

あのときは、ありがとうございました。

あなたの胸にスマッシュ打ちたかったです!

 

 

最後に滑る、それがオオヌキ流だぜ!