「自分流ネットでの人付き合い」心が疲れないために心がけていること

「自分流ネットでの人付き合い」心が疲れないために心がけていること

こんばんは、オオヌキです。

 

今年のはじめ、心が疲れてしまって、twitter休止宣言をしたのですが、結果的に2週間で復帰。なんじゃそりゃという茶番を繰り広げました。

ただあの2週間は、自分にとって大切な時間でした。きっとあそこで休まなかったら、それこそいきなりアカウント削除してもおかしくなかったと思います。そのぐらいに追い詰められていました。大丈夫大丈夫と強がってましたが、かなりギリギリだったんです、あのとき。

あれからtwitter、というよりSNSでの人付き合いの考え方を変えました。その甲斐あって、今は非常に気持ちよくSNSを使えています。今回はその考え方を紹介します。

「SNSなんかで疲れねーよ、そういうやつは向いてないだけ」と断じる方には何の参考にもならない内容ですが、ちょっとでもSNS疲れの方に届けば幸いです。

 

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ネットで、「この人、苦手」と思う方と、どう接していますか?

むかしの自分は、可能性を信じて接しました。どういう可能性か。仲良くなれる可能性です。雨降って地固まるといいますか、いつかこの人の良さに気付けるのではないか。逆に自分の良さに気づいてもらえないか。そうすればきっと仲良くできる。そんな可能性を信じていました。

言い換えれば、人を信じていました。話せば通じると。

でも、断言します。

話しても通じない人は存在します。

 

そんな寂しい考えになったのは割と最近で、去年のAKB総選挙でした。もともと、話が通じない人に対して疲れてはいましたが、松井珠理奈さんの応援記事を書いたことが、決定的に意識が変わったきっかけです。

彼女のファンから嬉しい言葉をいただく一方、彼女を目の敵にしている人からの攻撃がありました。それでも話せばわかると思って、できる限り自分の考えを伝えたつもりです。でも、その多くは徒労に終わりました。

事実関係が間違っているなどで指摘されるのはいいんです。間違いは間違い。それを言ってくれる人を「敵」とは思いません。でも、明らかに敵意をもった言葉はわかるものです。しかも、そういう人たちは中身を読んでいません。タイトルだけで噛みついてきます。なぜ中身を読まない人たちに、改めて書いてあることを噛み砕いて説明しなくてはいけないのか。ほとほと疲れ果てました。

 

そしてもろもろあって、twitter休止にいたるわけですが、今はこう考えています。

「おかしい人」とは付き合わない。
ここで言う「おかしい人」とは、「言葉が通じない人」です。

相手の言葉を無視して持論だけを語る。持論を語るのは大いに結構。でもそれは自身のタイムラインかブログでやってください。そこでならだれも文句は言いません。現に自分もこうして自分のフィールドで持論を展開しています。

人に話しかけるなら、相手の言葉を踏まえないといけません。それすらできてない人に話しかけれても無視します。そもそも最初の段階で噛み合っていない人に、なぜこちらから噛み合わせにいかなくてはいけないのか。

自分の書いたことを踏まえての反論はいいんです。反論されるのは正直苦手です。できれば全員に褒めてほしい。しかし、ネットで発信している以上、都合の良い意見ばかりがくるわけではありません。そこは真摯に向き合うべきだと思います。この考えは変わっていません。

同様に、おかしい人(言葉が通じない人)がやってくる可能性も大いにある。中身を読まずに噛みついてくる人がいる。読んだとしてもまるで理解できない人がいる。そんな人たちに対しての覚悟が足りませんでした。

初対面の人にいきなり空転した言葉を送るような人と仲良くなれる気はしません。なのに昔の自分は、「よしここから仲良くなろう」とがんばっていました。そりゃ心がおかしくなります。

ただ、何度かやりとりしてる人は別です。「あれ、通じてないのかな」と思ったら、ちゃんと説明しますし、文章も改めます。あんまり続くと考えますが……。

 

 

また、以前は相手に伝わらない場合、自分の書き方が悪かった、相手に伝わらないのは自分のせいだと自分を責めていました。これも心が疲れた理由のひとつです。今は、そもそも話が通じる相手ではなかったと諦めます。

実際は、本当に自分の文章が悪かった可能性もあります。そういう場合は、普段から冷静に判断してくれる人から突っ込みがありますし、信頼している人に相談もします。それで大丈夫なら大丈夫と判断します。

ここが以前の自分にはなかった発想です。以前は、周りの反応なんて関係なしに落ち込んだり、怒ったりしてました。「あなたは悪くない」の言葉も、「あなたが悪い」の言葉も信じられなかった。いまは、なにか問題が起きたときは、きちんと判断できる人に相談し、その人の判断を信じることにしています。

 

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ネットを離れれば、人間関係の苦しみなんて山ほどあります。学校もそう、仕事もそう、家族だってそう。意見が違っても一緒にいなければならない人もいますし、場合によっては全身全霊で意見を通さなくちゃいけないこともある。

ネットをその人間関係の練習の場として使う方法もあります。自分もそう考えていました。ネットで意見を通せず、相性の悪い人と付き合えず、どうして現実世界で通用するのかと。でも、それで人間関係そのものに疲れて、心が壊れたら、それこそ取り返しがつきません。

 

この排他的な考えになったせいで、新たな出会いを逸している可能性もあります。いがみあって仲良くなる機会を逃している。けど、この考えだからこそ出会えた人もいるし、大事にできる人もいる。結果論だとしても、今は幸せです。

もしネットに疲れている人がいたら、疲れない方法を探してください。がんばり過ぎないでください。人によっては、「そんなことで」とあなたの悩みを一刀両断するかもしれません。でも、悩みの深さは本人にしかわかりません。

「まだだいじょうぶ」「もうだめ」に変わるのは一瞬です。

お互い、気持ちいいSNSライフを楽しめますように。