「最後の瞬間、父の前で凛と立ち上がり――」愛犬がこの世を去った日

「最後の瞬間、父の前で凛と立ち上がり――」愛犬がこの世を去った日

こんばんは、オオヌキです。

 

愛犬が亡くなって、もう14年になります。名前はチャッピー。13歳でこの世を去りました。

親バカ(?)は承知ですが、チャッピーはとても頭の良いイヌでした。今でも覚えていますが、はじめて散歩に行った日、見ず知らずのおばあさんに、「このワンちゃんはすごく利口だね」と言われたのを覚えています。

 

実際にチャッピーは利口でした。

我が家は3人家族です。わたしと母が面倒を見て、父はほとんど面倒を見ません。でも、チャッピーが一番に慕っていたのは、間違いなく父でした。とくにしつけたわけではありません。それなのに、父が帰ってくると、必ず玄関まで迎えにいきます。食べたいものや散歩にいきたい場合も、まず父にお願いします。

最初、父はチャッピーを好意的に受け入れませんでした。でもそれが徐々に打ち解け、いつしかふたりっきりで山登りに通いはじめます。一人息子のわたしが上京してから、父は一層チャッピーを可愛がりはじめました。第二の息子のように思っていたのかもしれません。

チャッピーもそんな父を慕い、家の主として接し続けました。

そして息を引き取る日、チャッピーは父の前で、ある行動を起こしました――

 

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「家族」になるまで

チャッピーを飼った当初は、庭の犬小屋に鎖で繋いでいました。でも、それがかわいそうになって、夜だけ玄関に入れるようになり、そしていつしか、家の中を自由に動き回れるようになりました。

家の中をイヌが動き回る。それじゃ、テーブルの上にあるものを勝手に食べるんじゃないの?と思うかもしれません。でもチャッピーは決してそれはしませんでした。わたしたちが食べるものに飛びかかったりは絶対にしません。欲しいものがあったら目で訴えてきます。

食料の多い台所にも入りません。台所にいる母に散歩に連れて行ってほしい場合は、遠くから切なそうに鳴くだけです。寝室も入りません。寝るときは自分用の寝所で寝ます。このすべては、ちゃんと教えたわけではありません。チャッピーが自然にやっていたことです。

きっとまた外でひとりになるのが嫌だったのでしょう。家族を怒らせたら追い出される。それが頭にあったのか、家の中にいるチャッピーはとても行儀が良かったです。

抜け毛の時期になると、部屋中に毛が散乱するのは大変でしたが、困った記憶はそのぐらい。何かを壊されたとかはまるでありません。

 

チャッピーも徐々に歳をとり、動きが鈍くなってきます。でも散歩は、毎回尻尾を振って喜びました。そのチャッピーが一番喜ぶのは、父と山登りに行くことです。

一度、その山登りに付き合ったことがあります。小さな山で、山頂まで30分ほど歩きます。ほとんど人通りはありません。

父も歳ですから、ゆっくりと山を登ります。わたしがロープを持ち、チャッピーと一緒にどんどん先に行きます。するとチャッピーは、何度も何度も振り返ります。わたしを見ているのではありません。ちゃんと父が登ってきているのか確認しているのです。

そんなチャッピーに、父も「だいじょうぶだ」と声をかけます。するとチャッピーはまた先に進みます。

もうチャッピーは父にとってペットではありません。チャッピーも自分をペットと思っていなかったかもしれません。

「家族」の姿が、そこにありました。

 

最後の力で伝えたかったこと

チャッピーが死んだと母からメールが入ったのは、日曜日の夕方。「チャッピー、死んじゃった」という一文とともに、その亡骸の画像が添付されていました。すぐに電話をして、状況を確認。突然の死だったようで、母も動転していました。

急いで実家に帰ると、居間にチャッピーが眠っていました。小さいときからずっと使っていた毛布にくるまれ、たくさんの花束がその傍らに置いてあります。近所の人たちが、その訃報にかけつけてくれました。

わたしは、もう動かないチャッピーを見て、なにも言葉がでませんでした。寝るのが早い父が、その日は遅くまでお酒を飲んでいました。チャッピーと同じ居間で、ずっと飲んでいました。

 

わたしは、チャッピーの死の間際の話を母から聞きました。

チャッピーは年老いて動きが鈍くなりながらも、元気に生きていました。なので本当に突然の死。だれも心構えができていなかった。

その日、母がでかけようとしたとき、チャッピーが嘔吐しました。そしてバタリと倒れる。チャッピー!チャッピー!と呼びかけても、ほんのわずかに震えるだけ。体にまるで力が入っていない。目も完全に閉じてします。そこにタイミングよく、父が忘れ物をとりに、家に戻ってきます。

「チャッピー!お父さんきたよ!」

母がそう言うと、チャッピーの目がしっかり開きました。みるみる体に力が入り、ついには立ち上がる。まるで若い頃のように、凛と立つ姿を見て、父と母は安心しました。まるで父に対し、「自分はだいじょうぶ」と訴えかけているようだったといいます。

「よし、だいじょうぶだな」。父はチャッピーを撫で、再びでかけました。母は念のため、動物病院に連れていく準備をはじめます。

そして父が去り、その車の音が聞こえなくなったとき、チャッピーはこの世を去りました。

 

チャッピーが両親に最後の力を振り絞って見せた元気な姿は、お別れの挨拶だったのかもしれません。苦しい姿を見せるのではなく、元気な姿でお別れをした。わたしたちが辛い思いを残さないように。そう思います。きっとそう考えていたと思います。

最後の最後まで、チャッピーは家族思いの家族でした。

 

チャッピーは火葬業者に引き取ってもらうことになりました。

火葬の朝、父はチャッピーの亡骸をトラックの助手席に乗せ、1時間ほど走りました。きっと散歩コースを車で走りながら、思い出に浸っていたんだと思います。

父にとってチャッピーはペットではありません。息子であり家族です。いったいその1時間で、父がチャッピーにどんな言葉をかけたか。決して父は語ろうとはしません。わたしたちも聞けませんでした。

わたしは父が泣いた記憶がありません。父にとっての両親、わたしの祖父と祖母が亡くなったときですら、父は泣きませんでした。でもこのときだけ。チャッピーと別れるときだけ、父は声をあげて泣きました。母も大声で泣きました。

それだけ、大切な存在でした。

 

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「家族」に捧げる言葉

チャッピーを見送ったあと、わたしたちはチャッピーと一緒によく遊んだ公園にいました。桜が綺麗な公園です。桜の下にあるベンチに、父がひとり腰掛けました。その後ろ姿を見ながら、母は言いました。もう吹っきれたのか、はればれとした様子でした。

「後悔はないんだよね。チャッピーにしてあげたかったことは、全部できたから」

そして、こう続けました。

「チャッピーは本当に親孝行だよ。まったくお金をかけずに死んだんだから」

一見すると薄情な言葉かもしれません。死に際にお金がかからなかったから親孝行。そのまま受け取れば、ひどい親です。でもその裏には、まるで違う思いがありました。

 

当時、我が家の経済状況はとてもひっ迫していました。母は毎晩、チャッピーに苦しい懐事情を話していたようです。母にとって話し相手はチャッピーしかいませんでした。そのチャッピーは母の顔を見て、まるで言葉をすべて理解しているように聞いてくれました。

実際、チャッピーは人間の言葉をわかっていたと思います。これはイヌを飼ったことがある方ならわかるはずです。イヌは人間が思う以上に、人間を理解しています。

チャッピーは思っていたのでしょう。もし病気や怪我で治療費がかかれば、その分、大好きな家族に迷惑がかかる。自分のせいで苦しい思いはさせたくない。だから、あっという間に死んでいった。チャッピーの最期に、お金はほとんどかかりませんでした。

きっとそれがチャッピーの最後の親孝行でした。親孝行だったんです。親孝行だと思わないとやりきれません。

まったくお金をかけずに死んだんだから。その言葉の裏側には、お金をかけてでも生きてほしかったという思いがあります。でもそれを言ってもチャッピーを悲しませるだけ。チャッピーの気持ちを汲み、親孝行と受け取るのが、「子への想い」だと母は思ったのでしょう。

 

 

そして家に戻り、部屋に飾るチャッピーの写真を選びはじめました。

そのなかの1枚の写真を見ながら、母の言葉を思い出しました。

 

してあげたかったことは、全部できたから

 

愛情をたくさん浴び、幸せそうな顔のチャッピーがそこに映っています。チャッピーにしてあげたかったことは、チャッピーがしてほしかったこと。そのすべてが叶ったような、とても幸せな顔をしています。

幸せなイヌは顔に現れます。この顔を見て、どれだけチャッピーが幸せで、両親から愛されて、両親を愛してくれたか知りました。

最後にちゃんと両親にお礼を言い、迷惑をかけることなく去っていった。

そんなチャッピーを、わたしは誇りに思います。

 

その1枚がこちら。

ほんと幸せそうな顔をしてます。

 

後日談ですが、父は山登りをぱたりと止めました。近寄りもしなくなったようです。

ずいぶん経ってから、父に訊ねたことがあります。

「またイヌ、飼わないの?」

父は自信たっぷりに答えました。

 

 

「チャッピーみたいな利口なイヌ、どこにもいねぇだろ」

 

 

……だってさ。

本当にうちにきてよかったな。

いや、きてくれてありがとう。

うちにきてくれて本当によかった。

今もうちを守ってくれてるんだろ?

いつも窓の外に目を光らせてたもんな。

 

これからも両親をよろしく。

ひとりで寂しいだろうけど、まだまだ守ってほしい。

頼んだぞ。

兄弟。