スルースキルがうまく使えない……SNSに向き不向きはあるのか?

スルースキルがうまく使えない……SNSに向き不向きはあるのか?

こんばんは、オオヌキです。

 

今日はSNSで嫌な言葉を見たときに考えていることを紹介します。というのも、わたしはすごく傷つきやすいです。すぐ落ち込むし、すぐ自棄になる。相手にその気がないとしても、攻撃と受け取ってしまうこともあります。そういう意味で、被害妄想と自意識がすごく強いです。

でもそれも過去の話。今はうまくSNSと向き合えていると思います。今回はそんなふうになれた理由のお話。

なお、ここまでの文章を読んで、「おまえがSNSに向いてないだけ」「SNSで傷つくなんてありえない」「辛いなら辞めればいいじゃん」と思った方には、1ミリも参考にならないし、むしろ頭にくる内容だと思うので、ご注意ください。

今回の記事は、「自分はSNSに向いてないかも」と落ち込んでしまう方に向けてです。

 

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「スルースキル」という言葉があります。 他人から批判や注意を受けた時に軽く受け流すスキル。炎上する人を指して、「スルースキルがない」という言葉を見かけたことがあると思います。

わたしはその言葉が大嫌いです。そりゃ人間ですから、嫌なことを言われたら頭にきます。それが謂れもない言葉だったり、明らかな誹謗中傷、デマだったら黙ってられません。抵抗のひとつぐらいしたくなります。しかも、ですよ。攻撃してきた当人がスルースキルのなさを指摘することもあります。これは絶対におかしい。

たとえるなら、まったくのデマなのに、デマを信じ込んだ人から石をぶつけられ、そのぶつけてきた相手を睨み返したら、「スルースキルがないなwww」と嘲笑される。いや、デマを信じて投げたのが一番悪いだろ。なに笑ってんだよと余計に腹がたちます。

そういう人は、もしデマだと発覚しても謝罪はしません。違う標的を見つけてまた石を投げ始めます。なぜなら、ちゃんと判断できる人は、そもそもデマで石を投げないからです。

そんな理不尽がまかり通り、声をあげた人が叩かれるSNSの世界は、どこかおかしいと思います。

 

ただ、そういう世界になっているのも事実。あれだけの情報や感情が溢れているSNSですから、スルースキルが必要な場合もある。それこそ、全部を受け止めていたら心が壊れてしまいます。要はケースバイケース。流してもいいものは流し、流しちゃいけないものは徹底的に抗戦する。大事なのはスルースキルというより、その判断力です。

本当に無実ならば、無抵抗に殴られ続ける必要はありません。むしろ反撃すべきです。しかるべき場所への通報など、反撃する機会は与えられています。明らかに間違った行いがもてはやされる世界を正常にするのは、SNSを使うひとりひとりの行動です。

 

わたしの場合、その判断が非常に下手でした。スルースキルをどこで使っていいかわからず、全部を真正面から受け止めた。なにが正しくて、なにが間違いかもわからない。殴られても自分が悪いと思い、殴られ続けました。殴られて当然だと、自分が悪い理由を常に考えました。なぜなら自分のせいにするのが、一番楽だからです。

わたしを思って厳しい言葉をかける方もいれば、単純に傷つけようとしてる人もいます。そのすべてを「わたしのためだ」と受け止め、その果てに心を壊しました。そして今度は逆に「すべての人がわたしを傷つけようとしている」と思い込み、すべての人に牙を剥きました。我ながら極端です。

 

そんな状態を経て、今はどうしているのか。

たとえば心が痛む言葉をぶつけられた、あるいは、見たとします。やはり一瞬ムカッとします。それはもう性格なのでしかたありません。怒ってる自分を素直に認めたうえで、こう考えます。

 

「わたしの人生に、この言葉はどれだけ影響があるのだろう?」

 

大げさに思いますか?でもあえて、大げさに考えます。すると、大抵のことは流せてしまいます。ここでイライラしても、10年後の自分に影響はないだろうなと。もしそこで、「いや、これは人生をかけて否定しなくちゃならない!」と思ったら、そのときはじめて抵抗すればいい。でも、そこまでのことってあまりないと思います。

長くもあり、短くもある人生です。限りある時間、大切なことに感情を動かしていきたいです。そしてなにが大切なのか。その判断をするのは自分自身です。「オレから逃げるのか」とか「あなたのためを思って強く言った」見ず知らずの人に言われても、鵜呑みにはせず、自分で判断するのが大切です。

それを意識して考えているうちに、きっと受け止めるべきものがわかってくると思います。判断に迷うときは、信頼できる人に相談してください。不特定多数ではなく、心から信頼できる人です。

「そんな人いないよ」と言われたら辛いですが、そういう人は人生に必要ですから、ぜひ探し出してください。親でも先生でもクラスメイトでも同僚でも上司でも。その存在は、本当に本当にかけがえのない宝物になります。そして自分自身もいつかだれかのそういう存在になっていく。そうやって歴史は進むと思います。

 

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ここまでの文章を見ても、嫌な言葉を見たらやっぱり傷つく、どう考えてもスルーできずに落ち込む方もいると思います。そんな方はSNSに向いてないのかもしれません。

でも向いてないからといって、使ってダメなことはありません。歌が下手でもカラオケが好きな人や、ガーターばかりなのにボウリングが好きな人握手会でちゃんと話せないのに何百枚も買う人と、そんな例はたくさんあります。

大切なのは、自分が楽しんでいるか、です。向いてなくたって、楽しめればいいじゃないですか。プロになりたいなら別ですが、SNSをただ楽しんでいるだけなのに、向いてないから辞めろなんて言われるのはおかしいです。

ただ、向いてないと向いてないだけの苦労はあるので、そこは自覚する必要があると思います。わたしもSNSは向いていません。でも好きなんです。離れたくないんです。だから、「その言葉がわたしの人生になにか影響ある?」と常に自問しながら、SNSを楽しんでいます。

 

SNSで落ち込むのは悪いことじゃありません。頭にくることだってたくさんあります。それでも楽しさが勝っているなら、ぜひ使い続けてください。もちろん辞めるのも続けるのも戻ってくるのも自由。すべては自分の手のひらです。

だいじょうぶです。仲間はたくさんいます。

一緒にこの世界を楽しみましょう!

 

 

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