正常と異常とその間にある境界……いま、自分はどこに立っている?

正常と異常とその間にある境界……いま、自分はどこに立っている?

こんばんは、オオヌキです。

 

十数年前、知り合いが自殺しました。彼は一般的なサラリーマンでした。普通に仕事をしながら、文章を書いていました。あくまで趣味です。彼にはそれで食べていきたい夢がありました。当時のわたしもそうでした。いつか文章で食べる。そんな同じ夢を持つ同士として知り合った仲でした。

ただ、そこまで深い交流があったわけではありません。そのときも半年ほど会っていませんでした。その彼が自殺と聞いたときは衝撃を受けました。そんな素振りはまるでなかった。普通の、普通過ぎる人だった。そんな彼がなぜ。

わたしは共通の知人から、詳しい話を聞きました。

 

彼は、異常の世界の住人になっていました。

 

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正常と異常は紙一重です。昨日まで正常だった人が、なにかのきっかけで異常になる。異常の世界に落ちても、正常の世界に戻ってこれる人もいます。でも彼は戻ってこれませんでした。異常の世界で帰らぬ人になりました。

きっと彼は、正常と異常の境目で文章を書いていたのだと思います。世間に認められる文章を書くために、正常のままでいてはいけない。異常へ片足を突っ込みながら書いたのでしょう。

その気持ちはわかります。突き抜けるために、普通でいられるのが耐えられなくなる気持ち。何者でもない自分に価値を見出すために、異常の力を借りたくなるのは、とてもよくわかる心情です。

でも何かの拍子に異常の世界に落ちた。そのきっかけはわかりません。ただ、落ちてからは、会社も無断で休み、ずっと自室に引きこもる生活が続いていたそうです。そこで何をしていたかを知る人はだれもいません。

 

なぜ、そこまで彼を異常と思うのか。引きこもるだけで異常はいささか言葉が過ぎます。もちろん、ここに書かないだけで、数多くの異常な行動がありました。そのなかでも、彼が異常だったと明らかになるものが後日でてきました。それは、彼が異常の世界に落ちてから書き残した文章です。

その文章を読ませてもらったわたしは、ぞっとしました。

 

日本語なのに、日本語として頭に入ってこない。文字は読めるのに、意味が読めない。まるでこの世のものとは思えない文章に、吐き気がこみ上げました。

 

この話を美談にするつもりはありません。自殺は決して許されません。

でも、もしかしたら、彼は満足できたのかもしれません。この文章は、昔の彼では決して書けなかった。その文章を書き残せたことで、この世への未練がなくなり、自殺した。そう思います。そう思いたいだけなのはわかってます。そう割りきって、彼の死を受け止めました。世界に絶望して死を選んだなんて寂しいじゃないですか。

 

この話を思い出すたび、いつも思います。

わたしは、正常と異常の境界に立っているのでしょうか。

きっと立てていません。正常の世界にとどまっています。いや、もう境界に立つチャレンジ精神すら失いました。少なくとも若い頃は、そこに立てるよう、懸命に励んでいたのに。

 

いつか、彼が見た景色がわたしにも見えるのでしょうか。

未練はないと思えるぐらいの何かを残せるのでしょうか。

 

——いま、隣の部屋で、奥さんがテレビを見ています。その現実が、わたしのすべてです。わたしはこの世界にいたい。この世界にいながら、自分を越えるなにかを生み出したい。そう思います。

「そんな甘い考えでいるからダメなんだよ」

遠くから聞こえる気がします。そうかもしれません。でも、そうじゃないかもしれない。

未来はこれから。未来の可能性を信じます。未来があるんですから。

 


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