優しい世界?優しくない世界?twitterやブログで弱音を書きたくない理由

優しい世界?優しくない世界?twitterやブログで弱音を書きたくない理由

こんばんは、オオヌキです。

 

またまた、久しぶりの更新になりました。twitterのほうも少しばかりお休みして、ネットから遠ざかる数日間というのを久々に体験しました。ネットというよりSNSですね(twitterはSNSじゃないというツッコミは置いておいて)

その理由は、仕事が忙しかったというのもあるんですが、自衛のために離れたという部分が大きいです。気が滅入っているときにSNSを見ると高確率でやられるんですよ。で、それがわかっているのに、わざわざ見に行ってイライラするほど不毛なことはありません。

なので、離れてました。ここで無理して見続けると、「SNSやめる!」と突然宣言して、数日後に戻ってくるようなみっともないことになりかねません(前科あり)

ただ、このブログだけは更新しておけばよかったなと後悔しています。別にSNSを見なくても書けることはありますから。せっかく毎日更新しようと気合をいれていたのに、それを特別な事情もなくやめてしまったのは、かなりもったいなかったですね。次、気をつけます。

 

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で、なんで気が滅入っていたかは、また別の機会に。今は、「オチのない弱音」は書きたくないんですよ。辛い、苦しい、切ない。その感情のはけ口にネットを使いたくないんです。書くならば、「話」としておもしろおかしく書きたい。ちゃんとオチをつけたいんです。

これは自分の場合なんですが、マイナスな感情を書くとき、優しくしてほしい、共感してほしい気持ちがあります。

しかし、ネットは優しい世界ではありません。いや、「自分の思う優しい世界」ではありません。不特定多数の人に見られる以上、欲しい言葉がなかったり、なかには明らかにおちょくってくる人もいます。それがいけないわけではなく、そういう世界と割りきって使わなくてはいけません。

そもそも、自分に甘い顔してくれるから「優しい」、そうじゃないから「優しくない」というのは違います。でも落ち込んでるときは、甘い顔をしてほしいわけです。それで、甘い顔を期待して弱音をはいて、よく知らない人たちからサンドバックにされたら、もう立ち直れません。ちゃんと理解して厳しくされるならまだしもです。弱音オンリーを書きたくないのは、それが怖いからです。

 

というのも、数年前の自分がまさに弱音オンリーで、からだ壊したー仕事しんどいーもうやだーみたいなことばっかり書いてるんですよね。癒してほしくて書いてるのに、逆にもっとボロボロになった体験から、このような考えになりました。要は、ネットに甘えていました。その甘えに対して、望んだ言葉だけがくるほど、ネットは狭い空間じゃありません。それがわかったから、弱音はなるべく封印しています。

とはいえ、父の病気や仕事の愚痴など、どうしても弱音は吐いてしまいますけど。でも、それをメインで使いたくないということです。書くにしても、どこかにオチというかユーモアを混ぜていきたいですね。それぐらいの余裕をもってSNSには向き合っていきたいです。

 

ただこれは、あくまでわたしの考え方であり使い方。強要してはいません。愚痴、弱音、大いに結構じゃないですか。本人が書きたいように書けるのがSNSの良いところですし、そもそも、どう使うのも自由ですから。規約違反でなければ、「そんなこと言わないでください」という言葉にこそ、「そんなこと言わないでください」です。

 

というわけで、twitterやブログ、自分の心境にあわせて、うまいこと使っていきたいと思います。